恕のたより vol.20

国家試験合格に向けて

- 学校長通信第20号 -    学校長 高野 茂

いよいよ、国家試験が直前に迫ってきました。
皆さんも知ってのとおり、超高齢化の急速な進展のなかで、医療福祉が社会に果たす役割が急速に高まっています。今後、地域包括ケアの充実や他職種連携などセラピストや看護師への期待も益々大きくなっていきます。看護師やセラピストは社会から強く嘱望されている職業といっても過言ではありません。
国家試験は、「セラピストや看護師として最低限必要な基礎知識」を問う問題と聞いています。この試験は競争試験ではなく資格試験であり、自分自自身とのたたかいになります。あなたたちはこれまで合格するために、本校で専門知識や技能を身につけ、科目試験や臨地実習などを通じてスペシャリストとしての教育を受けてきました。
本校の先生方は、君たちを自信持って教育してきたという自負心を持っておられるし、社会のなかで即戦力としての力は十分に備わっていると確信しています。なかには、時には、辞めてしまおうなどと考えたりした学生さんもいたと思いますが、ここまで、よくたどり着きました。試験対策によく頑張ったと思います。
是非、頑張って栄冠を勝ち取ってください。
君たちにとっては、少なくとも3年乃至4年間の学習の総決算の時、これまで学んできたことを遺憾なく発揮し、強い自信を持って、試験に臨んでください。

受験については、次の4つをアドバイスします。


1 国家試験に受かる受からないの心配をしてもどうしようもない。
  私が通らないで誰が通るという強い気持ちを持ち、その思いをもって臨むこと。
  あなた達は何度もプレテストを受けて実力は証明済みだから、絶対の自信をもってよい。

2 心身のコンディションを受験日に最高になるように心掛ける。

3 当日は、あがるかも知れないが、誰でも一緒、一度心静かに目を閉じて心を落ち着かせ、
  それから取り組むとよい。

4 最後の最後まで気を抜かずに試験に集中すること。

あなた方の努力が報われ、合格を勝ち取られることを期待しています。

恕のたより vol.19

平成30年度入学式が挙行されました。

新年度になって初めての「恕のたより」をお届けします。

今回は入学式の式辞で新入生の皆さんにお願いしたい三つのことを要約して紹介します。

一つ目は「初志貫徹」ということです。皆さんのなかには自分に適しているのだろうかと多少の不安を抱いている人もあるかも知れませんが、少なくとも同じ目標に向かって一歩踏み出したことには間違いありません。この一歩を初志としてぜひ、国家試験合格まで志を貫き通していただきたいと願っています。在学中に皆さんは、困難や挫折に遭遇することがあるかと思いますが、その時、入学したときの初志に立ち戻り、気持ちを奮い立たせ、困難を克服してください。上天草市出身の森慈秀という人は、周囲から到底不可能といわれながらも「人が笑おうと俺はあきらめん。みんなの幸せを願って夢は叶う。」とあきらめずに己の初志を貫き通し、天草五橋を実現させました。皆さんも、それぞれの初志をねばり強く持ち続け、最終的には形あるものとして実現されんことを強く願っています。

二つ目は、私がこれまで言い続けていることですが、他人を思いやる「恕」の心を身につけてほしいということです。『中庸』に「忠恕は道を違(さ)ること遠からず。これを己に施して願わざれば、また、人に施すなかれ」という言葉があります。忠恕こそ人の行うべき道に近い。それはとりもなおさず、自分が人からしてほしくないと思っていることは、自分からも、人に対してしないという意味です。我が身を他人の身に置き換えて、他人の心を推しはかっての行動、そこには自分と他人とが共に生きる道が開かれています。

どうぞ新入生の皆さん、これから「恕」の心を育み、お互いを尊重し合い、有意義な学校校生活を送ってください。

三つ目は、「コミュニケーション力」を在学期間中にしっかりと磨いてほしいということです。私のいうコミュニケーション力とは、社交的であるとか、話好きであるとかいう性格や気性とは異質なものであります。セラピストや看護師には、対象となる相手を意識して、相手の言いたいことを的確につかむ人間理解力が強く求められています。その理解を己のこれまでの学びに重ねて、相手に還元していく知恵や技術こそコミュニケーション力であります。本学では皆さんに、コミュニケーション力を高める教育を行って参りますが、皆さんは皆さんでその力をみずから努力して積極的に磨いてほしいと願っています。

新入生の皆さんは、この世にたった一人しかいない存在であります。どうぞ、このかけがえのない存在を自覚し、「恕」の心を育み、社会の中でコミュニケーション力を発揮できる人材に成長され、初志を貫徹されんことを期待しています。

 

恕のたより vol.18

平成29年度卒業式が挙行されました。

新年になってから、途絶えがちになっていました「恕のたより」をお届けします。今回は、私が、式辞で述べましたことを要約して紹介します。

昨今の新聞・テレビ等を見ていますと、人工知能と訳されるAIと言う言葉が頻繁に使われています。AIやロボティクスによって新しい付加価値が創造・開発され、革新的なビジネスやサービスが生み出され、私たちの生活様式が今後、一変するといわれています。また、AIによって将来的には日本の労働人口の約半分は代替可能になるともいわれています。このような「テクノロジー革命」ともいうべき事態を、幕末の西洋文明の流入と比較して、明治維新以来のイノベーションだと表現する人もいます。

この大きな時代変革の中で、私たちはどのように生きたらよいのでしょうか。

そのヒントが幕末明治の激動の時代を生き抜いた人たちの中に隠されていると思います。幕末の頃、西洋医学の導入などで医療界も大きな変革を遂げ、この熊本から多くの人材を輩出しました。近代医療の先駆者となった小国町出身の北里柴三郎をはじめ、北里と脚気論争を行ったことで有名な旧八代郡東陽村出身で日本衛生学の権威、東京帝国医科大学長を勤めた緒方正規(おがたまさのり)、西洋歯科医学の先駆者と言われる人吉出身の一井正典(いちのい まさつね)などが活躍しました。

この三角町からも濱田玄達という日本産婦人科の祖といわれた人物が出ています。彼は三角の里浦で生まれ、幼くして父を亡くし幼少期をこの波多村で過ごしました。やがて古城医学校に進み、現在の東京大学に進学、経済的に苦しみながらも蛍雪の功が実り、首席で卒業しました。その後ドイツに自費留学して帰国後、東京帝国医科大学長まで上りつめました。しかし、手術の際に目を痛め、視力の調節を欠き、学生を指導すべき教授としての良心が許さず大学を辞任しています。その後も日本産婦人科学会の会長を務めるなど会の発展に尽力し、我が国の産婦人科学のために偉大な足跡を残しました。

浜田玄達をはじめ北里たちに共通するのは、新しい西洋医学を取り入れ、研究に対する飽くなき探求心と真面目で真摯な姿勢であったと思います。

現在、「人生100年時代」と言う言葉がよく使われるようになりました。ある人はこの時代にはAIに代替されないようなスキルを付けることが必要として、五つの性格スキルを上げています。その中で尤も重要なスキルとして「真面目さ」をあげていました。その定義は「目標と規律を持ってねばり強くやり抜く資質」だと主張しています。

 これからの時代は、皆さん一人一人が新しい流れに即応しつつ、それぞれが掲げる目標にむかって真面目に、真摯な姿勢で取り組んでいくことが重要だと考えます。

もう一つ話しておきたいことがあります。それは、私が「校長室便り」の題にもしています他を尊重し「おもいやる」心、すなわち「恕」の心を持ち続けて欲しいと言うことです。「恕」という言葉は、孔子が弟子に一生守るべきことは何かを問われた時、「それ恕か、己の欲せざるところは、人に施すことなかれ」と答えたことに由来し、他を思いやる心であります。この精神は古今東西、社会の土台である人間関係を維持していくうえで最も重要な道徳律といわれ、多くの先人たちが座右の銘にしてきました。

不確実性の高い社会状況の中で、厳しい環境に置かれた人への思いやりの心を忘れず、常に他との関わりのなかで、自分を見つめ、「恕」の心を大切にしていくことが、これからの社会を構築していく礎(いしずえ)だと確信しています。

恕のたより vol.17

天候に恵まれ、地域の皆様とともに「青照祭」

11月3日(土)に青照館において、青照祭が開催されました。当日の朝は天候に恵まれ、すがすがしい一日となりました。
これまで、青照祭の準備にあたってきた

 実行委員長  小川 功陽 (おがわ こうよう)君 

 生徒自治会長  緒方 練人 (おがた れんと) 君

をはじめ準備にあたってきた関係者に心から感謝の意を表したいと思います。

今回で16回目を数える青照祭のテーマは 「感謝」

でした。今回のこのテーマは、青照館が、地域の方々に支えてもらっているという感謝の心を表現したそうですが、地域と共にある学校を意識したテーマであり大変素晴らしいテーマでした。
私はこの学校に勤務するようになって以来、皆さんに、恕の心を大切にしてもらいたいと訴えてきました。恕は相手を「思いやる心」です。この恕は、まさしく相手を思いやる感謝の心につながると思っています。

当日は、小学生からお年寄りの方々まで、招待してあり、色んなイベントに参加したり、参観されていました。私も各バザー会場やイベント広場を廻りました。楽しいイベントやバザーなどで大いに盛り上がっていました。

そのなかで、地域のお年寄りの方と話す機会があり、色々と尋ねたりしました。

「いつも呼んでもらってうれしい。」「この青照祭を楽しみにしていた。」「若者の元気をもらって若返る。」

などありがたい言葉を頂戴しました。

校舎内では、ステージで色んな出し物がありました。特に、恒例になりましたクラス対抗の出し物は圧巻でした。このためにかなり前から練習しているようで、見栄えのするものばかりでした。(この詳しい様子は、このホームページでUPされると思います。)
また、この青照祭の特色の一つは、来年入学予定の生徒さんを迎えてのプレ授業を実施することです。理学療法学科・作業療法学科・言語聴覚療法学科の4年生の代表の皆さんが、学科の学習内容や学園生活などについてユーモアを交えながら話してくれました。
その後、入学予定の皆さんは、イベント・バザー会場を廻って楽しんでいました。中には、他県から来た生徒さんと仲良くなり、親しそうに話している光景も見られました。

 

恕のたより vol.16

青照館では、月の第2週には、朝から学生自治会の皆さんが、東側の昇降口の所に立って、朝の挨拶運動を行っています。この運動は、もうかなり前から始まっていたそうです。私はこれまで、挨拶運動に携わってきた経験から挨拶は礼儀作法であり、当たり前のこととしてとらえてきました。しかし、セラピストや看護師を目指す皆さんにとっては、色んな意味があることを熊本駅前校・作業療法学科長の有働先生に書いて頂きました。以下、玉稿(一部改)を紹介致します。

挨拶はなぜ必要なのだろうか。

 なぜ子供の頃から大人になるまで挨拶は大切といわれるのだろうか?

挨拶とは、禅宗問答に由来し、「自分の心を開き、相手に近づいて、相手の心に迫る」ことである。心を開くことで「私はあなたの敵ではありません」というメッセージを相手に送っているのである。挨拶をされて気持ち良いのは、敵ではないと受けとめるからであり、逆に挨拶を相手が返さないと嫌な気分になるのは相手が自分に敵意を持っていると、こちらが受けとめるからである。心を開くことは、コミュニケーションの入口であり、対人援助職には特に必要なことである。また、この心を開く挨拶は、相手の存在を認めていることでもある。人にはいくつかの欲求があると言われているが、その中の一つに自尊・承認の欲求というのがある。人は、認められると喜びを感じる。

対人援助職で最も大切なのは、信頼関係の構築である。いくら知識・技術を兼ね備えていても対象者から信頼されなければ拒否され、援助は出来ない。この信頼関係の第一歩が挨拶である。しかし、ただ声に出して「おはようございます」「こんにちは」といえば良いものではない。対人援助技術でサラリーをいただく対人援助職には、挨拶も給与の中に含まれているのである。朝から元気良く笑顔で「おはようございます」との挨拶には、私は援助者として準備OKです。ご用件があればいつでも私に声を掛けてください。と宣言しているのである。したがって、目もあわせず、笑顔もなく、小さな声でおはようございますと言っても、それは挨拶にはなっていないことになる。当然仕事をする準備も出来ていないことになる。対象者は、正しい挨拶が出来る人を信頼することで、お互いの信頼関係が構築され、援助がスムーズに行われ、気持ちよく治療に専念できることとなる。また、職場の同僚やお客様に対しても同じような意味において挨拶が大切と言える。さらに、リスクマネジメントの観点からも挨拶が素晴らしいところには不審者が近寄り難いとも言われている。